第32話「きっかけはエロ本」


 中学3年生の頃、僕はとある学習塾に通っていた。

早稲田大学を卒業したばかりの若造が適当にやっていた塾である。あまりに適当で、杜撰で、為にならない駄目な塾だったので、「UNDER COVER SCHOOL」と言う塾名が、いつしか「アンダー バカースクール」と呼ばれる様になっていた。塾長はゆくゆくは塾名を「BACK UP SHOOL」に変更しようかと目論んでいたらしいのだが、「バッカスクール」と呼ばれるのが目に見えていたので止めておけと言っておいた。

 

 さて、この塾がいかに駄目だったかをまずお話ししよう。

いかんせん駄目なのである。まず、授業が行われない。ほとんどが雑談で終わる。この雑談も、思春期の中学生が集まっているだけに、どんどんとエロ話しになって行くのだ。昨今、様々な媒体で性に関する知識を得る事は可能であろうが、僕の基本的な性知識はこの塾で得たと言っても過言ではない。僕には性教育塾だったとも言える。勉強になりましたよ、先生。

またある時は、塾長が突如黒板に意味の分からない難解な問題を書き出したかと思うと、こう言ったのである。

「これからナンパをしに行って来る。成功して女の子を連れて来る事が出来たら、お前らはこの黒板に書いた問題を解いているフリをしろ。回答はこれだ。俺が指名したら答えろよ」と。

その問題とは、東大で習う数学の問題だったのだ。中学生に分かるはずが無いのに、ここの塾生は解けると言う様子を見せたかったのだろう。そして実際女子高生を2人も連れてきたのだから笑った。

 他にもある。塾内は土足厳禁だった為、入り口で靴を脱がないといけなかったのだが、靴を整頓しないと塾長は怒るのである。ある時、靴を揃えずに塾に入ってくる生徒を見た塾長は遂にキレたのだ。そして何をするのかと思えば、その靴を掴んだかと思うと、塾の向かいにある線路に靴を投げ込んだのだ。力いっぱい。その靴は、高い放物線を描いた後、1本のレールの真横に落ちた。と、同時に特急電車が通過したのである。この時の様子はなかなか忘れられない。120km/hぐらいで走っている特急電車の勢いは相当な物で、レール横に落ちていた靴を竜巻の様に巻き上げたかと思うと、靴を車輪に巻き込んで何度も回転させ、再度靴に大きな放物線を描かせ線路の外に放り出したのである。正直、電車が靴を巻き上げた時は脱線しちゃうんじゃないかと焦った。放り出された靴は、見るも無残な姿に変わり果てており、その靴の持ち主である塾生は半泣きになり塾長に抗議した。

「買って貰ったばかりなのに、どうやって言い訳したら良いんだよぉ」

 それに対し塾長は

「靴を整頓しなかったお前が悪いのだ。犬に持っていかれてボロボロになったとでも言え」

と答えた。凄い。

 一応塾長の名誉の為に言っておくが、悪いのは塾長ばかりではなく、大半の塾生もこう言ったノリだからタチが悪い。授業の用意を持ってこず、鞄にはエロ本や酒なのだ。中学生なのに。

 

 いつも通り授業も行われずに駄目な時間が過ぎていたある時、僕はふと思い立って塾の本棚を物色しはじめた。

目的はエロ本である。いや、こんな偉そうに言う事でもないですね。へへ。エ、エロ本を探そうとしたんですよ。だって、自分思春期だったし。そう言うのに興味が有ったって良いでしょ?だから探していたのです。まー、やましい思いも有った訳でして、こっそり本棚を物色していたのに、塾長に声を掛けられてしまったのですよ。

「お、なんだ、勝竜。本を探しているのか?」

「は、はぁ」

エロ本を探していましただなんて言えない自分。気が小さい。

「ちょうどな、良い本があるぞ。俺が一晩で読んでしまった本だ。貸してやろう」

と、ちょっと予想していなかった言葉と共に出てきた本は、井上靖・著『しろばんば』だった。

この塾長、たまに思い立ったように文学史に残るような名作を読む習性が有ったのだが、ちょうどこの時がその時だったのだ。

なんだこの文学的そうな本は。自分はこんな物が読みたくて本棚を漁っていたのではないぞ!

だなんて事は言えず、はぁ、そうっすかと言い、その本を借りてしまったのだった。

 

 しかし、その本が面白かった。僕も寝食を忘れそうになりながら読んだ。

それまでは児童文学ぐらいしか読んだ事のなかった僕は『しろばんば』で本の面白さを知ったのである。

 

今思えば、僕の趣味に「読書」が有るのは、この事件がきっかけだったのだ。

あれから10年近く経った僕の部屋の本棚は、文庫本で溢れかえっている状態だ。一体全部で何冊あるのか、今となっては分からないのだが、高校時代に月3000円ぐらいの小遣いをどうにかやりくりして、1年半で文庫を100冊買って読んだのは、本当に凄いと思う。今も、このパソコンのキーボードの横には未読の文庫が高く積まれている。この文庫タワー高さは、だいたいいつも同じなのだが、これは読まないから高さが変わらないのではなく、読んでも次々買って来るから高さが変わらないのだ。まー、読む本はほとんどミステリーだから、あまり偉そうな事は言えないんですけどね。

 

 パソコンが今ほど普及した理由の1つに、エロサイトやエロゲームが有ると言われているし、ベータに画質の劣るVHSが普及したのもアダルトビデオが理由の1つだと言われている。やっぱ何事もエロから始まるのですな。エロは世界を牛耳るのだ。

 

あ、でもセガ・サターンは牛耳れなかったね。

 

[完]


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